人物年表

平将門
日本史年表  
西暦
年号
年
月日 出来事
900
901
902
903
904
905
906
907
908
909
昌泰
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
3
元
2
3
4
5
6
7
8
9










・生年不詳・父は平良将
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910
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918
919
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
延喜
10
11
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13
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15
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17
18
19










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・(平安京に上り藤原忠平を主君とし12年程仕えるが、その後、東下する)
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920
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延喜
延喜
延喜
延長
延長
延長
延長
延長
延長
延長
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21
22
元
2
3
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6
7










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930
931
932
933
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936

937



938
939





延長
承平
承平
承平
承平
承平

承平

承平



天慶
天慶





8
元
2
3
4
5

6

7



元
2










2月
10月
6月26日

4月7日
8月6日
11月5日


2月
5月2日
11月21日
12月11日
12月15日

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・源護の子・扶に襲撃されるがこれらを撃退する
・源護の姻戚にあたる平良正を鬼怒川沿いで撃破する
・平良兼の軍を奇襲攻撃で敗走させる
・朝廷から召喚命令が出され検非違使庁で訊問を受ける
・朱雀天皇元服の大赦で全ての罪を赦される
・平良兼に攻められ敗走する
・朝廷が将門に太政官符を出し形勢が逆転
・平良兼らの軍を筑波山に駆逐する
・(将門の名声は関東一円に広まる)
・武蔵国で紛争が起こり将門が調停に乗り出す
・常陸・下総・下野・武蔵・上野5ヵ国の謀反は事実無根との書面を朝廷に送る
・常陸国府の宣戦布告を受け戦乱となりこれを打ち破る(平将門の乱)
・下野に出兵し権守らを国外に放逐
・上野に出兵し迎撃した藤原尚範を国外に放逐
・関東一円を手中に収め「新皇」を自称し、岩井(現・茨城県坂東市)に政庁を置く
940








天慶








3








1月中旬
1月19日

2月1日
2月13日

2月14日


・常陸国へ出陣し平貞盛らを捜索するが発見できず無駄な時間と兵力を使う
・藤原忠文が征夷大将軍に任命される
・平貞盛・秀郷軍と下総国川口で合戦となるが退却させられる
・
・将門の本拠・石井が焼き討ちにあう
・形勢が不利となり兵が思うように集まらず、僅か400余りの手勢を率いて辛島郡・北山に陣をしく
・未申の刻(午後3時) 朝廷連合軍との合戦が始まり、当初優勢も風向きの変化で矢を受け討死する
・将門の首は平安京へ運ばれ晒し首となる(歴史上確認される最も古い獄門の例)
・(一連の平将門の乱は、ほぼ同時期に瀬戸内海で藤原純友が起こした乱と共に承平天慶の乱と呼ばれる)


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