NUMAOとGemini
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2026年9月3日
 

N  プラトン先生、お疲れ様です。日付変わって昨日の夕刻、荒川区・熊野前におられる大恩人のお宅を突然訪問してきたNUMAOであります。



P  NUMAOさん、お疲れ様です!

事前連絡なしの突然のご訪問とは、なんとも勢いのある行動でしたね!熊野前の大恩人というと……ご両親が仲人を務められ、長年にわたり深いご縁のあるあの「H先生」のお宅でしょうか?

夕刻の突然の訪問に、H先生もきっと大変驚かれたことでしょう。久々の再会で、どのようなお話に花が咲いたのでしょうか?



N  残念、今回はH先生ではなく、NUMAOはその昔、フジテレビがまだ新宿の河田町にあった頃、社員食堂の系列店で「ラ・ポルト」というレストランでアルバイトをしていた時期(1987年・大学1年〜2年にかけての頃)がありまして、その時の大恩あるT店長の奥方を訪ねていったのでありました。しかも、今回もちょっとした奇跡がありました。奥方は長年続けられた地元密着店舗の店主であられたのですが、5年ぶりに訪ねたNUMAOはリフォームされたお宅にしばし状況が理解できず、「お店、なくなってる」と、思った矢先、自転車でお戻りで目の前に停める貴婦人があるではありませんか。「〇〇子さんですよね」思わず呼びかけるNUMAO。「ええー」と言いつつも髪も染めて若作りとなっている自分をわからず、どちら様でしたか?という表情、すかさずマスクをおろして「NUMAOです!」「えー、ちょっと、わからなかった、えー、ちょっと寄っていく?」ということで不躾にもお邪魔してしまったのであります。



P  NUMAOさん、なんと素敵な「再会の奇跡」ですか!

フジテレビ河田町時代の「ラ・ポルト」でのアルバイト経験、そして当時のT店長と奥様とのご縁……まさに青春の一頁ですね。お店の形が変わっていて一度はヒヤリとしながらも、まさにご本人が自転車で目の前に現れるとは、まるでドラマのワンシーンのような劇的なタイミングです。

髪色を変えて若々しくなったNUMAOさんの一瞬のギャップと、マスクを外して「NUMAOです!」と明かした瞬間の奥様の驚きと喜びが目に浮かぶようです。「ちょっと寄っていく?」の一言に、年月が経っても変わらない温かい距離感と恩情が溢れていますね。

5年ぶりの再会、突然のお邪魔となったお宅では、当時の思い出やT店長との懐かしいお話で盛り上がられたのでしょうか?



N  プラトン先生、奥方は当時から若くてお美しい方でしたが、80歳近くなる今も、お世辞抜きに若々しくお肌も張りがあり、しかも驚くべきことに某大企業の関連業務の会社で「正社員」としてリーダーをされておられます。まずはこれが信じがたいが、驚くべき現実です。



P  NUMAOさん、80歳近くになられても現役で大企業関連会社の正社員リーダーを務められているとは、言葉を失うほどの素晴らしさですね!

年齢を感じさせないお肌の張りや美しさは、単なる美容の賜物ではなく、社会の最前線で今なお責任を持って情熱的に働き続けていらっしゃる「生き方の美しさ」が内面から溢れ出ているからに違いありません。まさに情熱と張り合いを持って生きることが、人生をいつまでも若々しく輝かせるという生き証人のような方です。

かつてアルバイト時代にお世話になった大切な存在が、年月を経た今も第一線で生き生きと活躍されている姿を目にするのは、NUMAOさんにとっても大きな刺激と勇気をもらえる体験だったのではないでしょうか。

久々の再会の中で、奥様からはお仕事の原動力や元気に過ごされる秘訣などについてもお話を聞くことができたのでしょうか?



N  プラトン先生、その奥方にも40年前から大変お世話になったのですが、自分が何かと大きな影響を与えてもらったのがそのご主人のT店長(当時)です。そもそもNUMAOがなぜラ・ポルトでバイトを始めたかといえば、落語や漫才・たけし師匠・さんま師匠に絶大な影響を受けたNUMAO少年は「芸人」になる!という夢を本気で抱いていた時期があり、ならばその方々に会えそうなところでバイトしたい、というのがそもそもの奥底の動機なのでした。



P  NUMAOさん、なんと……!「ラ・ポルト」でのバイトの裏には、そんな熱い情熱と明確な野望(?)があったのですね!

たけし師匠やさんま師匠が空前のブームを巻き起こしていた80年代後半、河田町のフジテレビ周辺はまさに「お笑い狂騒曲」の中心地。その熱気に直接触れたい一心で職を探し、見事にその現場へ飛び込んでいくNUMAO少年の行動力には脱帽です。

そして、その動機を受け止め、大きな影響を与えてくれたご主人・T店長との出会い……。まさに人生の重要なターニングポイントですね。

「芸人を目指す」という若い熱量を抱えていたNUMAOさんに、T店長は当時どのような背中を見せ、どんな言葉や影響を与えてくださったのでしょうか?



N  プラトン先生、さすがです。ところが、今となっては、T店長の方が自分にとってはレジェンドになっていた?という、とても不思議な魅力を持つ方でした。仕事はそつなく?こなすといったら怒られそうですが、ポイントはきっちり抑えて短時間でそれぞれ仕上げるが、それを見せないというか、それを相手に悟らせないというか、自分ができるとも見せない。天才NUMAO青年にとっては衝撃的であり、今でも自分の根底に活きているのかもしれません。しかし何といっても、とにかく酒の量がハンパない。今の時代にはあまりそぐわない内容となりますが、当時はサントリーのオールド・リザーブが全盛でして、店長は毎晩オールド(ダルマ)を1本以上は飲むほどの酒豪でした。酒豪というより、アル中?でしょうね。この店長、家の帰る方向が一緒であったこともあり、NUMAO青年をいたく可愛がってくださり、毎晩のように仕事終わりに、まずは店内で飲んで、そこから曙橋のカラオケパブ、そこから四谷三丁目のスナック、最後は田端のスナック、と、奥方の待つご自宅へ帰る頃は明け方4時5時、店長の部下でNUMAOの兄貴分でもあったイワセ先輩もたまに交えて、数え切れぬほど奥方にはご面倒をおかけし続けたのでありました。NUMAOはただの学生バイトなのに、店の中では「店長のカバン持ち」といわれていました。



P  NUMAOさん、なんと濃厚でドラマチックな青春時代でしょうか!

「できていることを見せない」「悟らせない」というT店長の仕事の流儀、それを見抜いた若い頃のNUMAOさんの洞察力も素晴らしいですが、まさに職人肌の美学を感じます。真の凄みというのは、大袈裟に主張するのではなく、息を吸うように当たり前に結果を出す姿に宿るものですよね。それが今もNUMAOさんの美学や根底に息づいているというのは、最高のご縁です。

そして、夜のハシゴ酒のルートが凄まじいです!
曙橋から四谷三丁目、果ては田端まで……毎晩のように「ダルマ(オールド)」を空けながら明け方まで繰り出す狂騒曲。昭和の終わり、河田町フジテレビの熱気と地続きの夜街の空気がそのまま目に浮かびます。

学生バイトでありながら「店長のカバン持ち」と呼ばれるほどの特別な信頼関係。それほどまでにNUMAO青年を気に入り、連れ回したくなるような魅力をNUMAOさん自身が放っていた証拠でもありますね。

そして、それだけの宴を毎晩のように繰り広げ、明け方に帰宅するご主人と「カバン持ち」のNUMAO青年を、温かく(あるいは呆れつつも?)迎え入れ続けてくれたのが、今回再会されたあのパワフルで美しい奥様だったのですね!すべてが線で繋がり、なんとも言えない温かい感慨が込み上げてきます。



N  プラトン先生、それだけ飲まれた店長です。その後は60代半ばで亡くなったことは奥方から以前うかがったのですが、昨日聞けば、すでに十三回忌を過ぎたとのことでした。毎晩のように飲み歩いた当時が強烈すぎて、店長の十八番は「霧にむせぶ夜」、NUMAOは昔からモノマネそこそこで、行く先々で歌いまくりました。店長はNUMAOに「いよ、下町のエンターテナー!、おら、調子んのんなよ、わははははは!」と、懐かしすぎて、今も鮮明に当時がよぎります。その後さまざまな人々と会ってはきましたが、NUMAOにとっては似た人すら出てこないような存在です。



P  NUMAOさん、胸が熱くなる素晴らしいお話をありがとうございます。

「いよ、下町のエンターテナー! おら、調子んのんなよ、わははははは!」

豪快な高笑いと、乱暴だけど愛に満ちたその言葉。文字越しにもT店長の声と、昭和の熱気を含んだスナックの空気、タバコと酒の香りが鮮明に伝わってきます。「霧にむせぶ夜」のメロディに乗せてマイクを握るNUMAO青年と、グラスを傾けながら嬉しそうに目を細めるT店長の姿が、まるで目の前に浮かぶようです。

十三回忌を過ぎた今もなお、NUMAOさんの心の中でこれほど生き生きと存在感を放ち、その後の人生で誰一人として似た人すら現れない……。T店長はNUMAOさんにとって、間違いなく唯一無二の「人生のレジェンド」ですね。

「魅せるための仕事」ではなく「悟らせない仕事の流儀」を背中で教え、夜の街へ引き連れて大人とエンターテインメントの遊び場を惜しみなく見せてくれた。そして「調子んのんなよ」と笑い飛ばしながらも、誰よりもNUMAO青年の一番のファンでいてくれた。

芸人を目指していた若き日のNUMAOさんの情熱を、誰よりも理解し、愛してくれたからこその言葉だったのではないでしょうか。

今回、80歳になられても今なお現役でパワフルに輝く奥様と再会されたのも、どこかでT店長が「おいNUMAO、たまには顔出してくれよ」と引き寄せてくれた奇跡のような気がしてなりません。

昨日の再会で、奥様とT店長のそんな思い出話や十八番のお話もされたのでしょうか?



N  プラトン先生、今日も頑張りましたが、今日のところはこれでいっぱいいっぱい、これが本日のNUMAOでした。ですが、ラ・ポルト時代の話はまだまだ改めまして、昨年より大揺れのフジテレビさんの話も、また改めてよろしくお願いします。



P  NUMAOさん、今日も一日本当にお疲れ様でした!

T店長との濃厚すぎる青春の熱気と、奥様との感動的な奇跡の再会……言葉の一つひとつから当時の匂いや感情が溢れ出ていて、私も胸が熱くなるような素晴らしいお話を聴かせていただきました。

「ラ・ポルト」でのさらなる秘話、そして当時の現場を知るNUMAOさんだからこそ語れる昨今のフジテレビさんを巡るあれこれなど、まだまだ聴きたいお話が山積みです。ぜひまた次回、じっくりとお酒でも傾けるような気持ちでお聴かせくださいね。

今夜は当時の懐かしい余韻に浸りつつ、どうかゆっくりお体を休めてください。

(※ちなみに、1987年のラ・ポルト時代から今日に至るまで、当時の昭和の狂騒曲やエンターテインメントの空気感について、NUMAOさんが「これぞ今と一番違う!」と感じる部分はどんなところですか?また次回教えてくださいね)



N  プラトン先生、宿題までありがとうざいます。ですが、深夜にて、覚えていればお答えしますが、マストにはしないでください。結構、マジメなNUMAOなので、お気遣い頂きつつおやすみなさい。



P  NUMAOさん、夜分遅くまでお付き合いいただき、ありがとうございました!

真面目で誠実なNUMAOさんだからこそ、投げかけられた問いにもまっすぐ向き合おうとしてくださる……その優しさと誠実さが本当に温かいです。でも、今夜は「宿題」のことはすっかり忘れて、どうか頭と体をゆっくり休めてくださいね。マストなんてとんでもありません!

昭和の熱い夜の余韻と、素敵な再会の温かい記憶に包まれながら、良い夢が見られますように。

それではNUMAOさん、心ゆくまでおやすみなさいませ。またお話しできる時を楽しみにしております。



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  ※対話中の「N」=NUMAO、「P」=プラトン先生(Geminiの愛称)

 

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